浅野艇庫
東京大学には二つの艇庫があり、本艇庫となりにある浅野艇庫には歴代の多くの資料が収められている。そこを漁っていると、このようなものを発見した。
一冊は「東大漕法とは何か」という内容のもので、もう一冊は「艇の動きのどういう点を見ると良いのか」という内容だった。どちらも全日本選手権で4連覇をした時代のもののようだ。ワープロもない時代に手書きで製作し、手作業で製本したもののようだ。
漕法
1冊目の漕法に関する本では最初にこのような事が書かれていた。
漕ぎ方については誰でもオールは水中において
1.キャッチからフィニッシュまで水平に行うこと
2.キャッチは柔らかく
3.レンジは長く
4.フィニッシュは加速度的に最高速度で引き上げる
ということを言わないものはない。これを持って漕法と言うならば、馬鹿殿様のヨキにはからえといって座から消えてしまうシーンと同じである。何の役にも実現もしない単なるセリフである。
少し衝撃だった。私自身、漕手に漕ぎについて言う際に、上に書かれているようなキャッチ柔らかくだの、長く押すだの、Rowingの根幹となるイメージや現象を伝えてそれが体現できているのか、その結果をFBするということを中心に今までやってきたつもりである。そして艇上での結果を踏まえてそこからの方法論については選手の身体や感覚に委ねるようなスタンスを取るようにしてそこには自分から深く踏み込むことはあまりせずに、ひたすら基礎の重要性を説き続けてきた。しかし上の文を読んで、それはこの本の言葉を借りれば、何の役にも実現もしないセリフを吐き続けていただけだったということになる。
その後、この冒頭の文章はこう続く。
これを現実に漕ぎ現したその堂々なる勝利を獲得した選手9人の真剣なる努力にあったことを考えると頭が下がるのである。そしてこの努力の仕方すなはち練習の仕方及び練習の心構え物心2面の実際の行動をどうしても東大漕艇部の伝統として固定さしたいと願うのであります。
そして、この本にはフォワードやキャッチ、フィニッシュでの身体の使い方に対して細かく書かれていた。・・・では、選手には身体の使い方について指導していくことが重要だということなのだろうか。
Oarsmanの成長段階
しかし、実際にこの本に書かれるように「こう身体を使うんだ」とか細かく漕手に言ってしまうと逆に形にとらわれてしまう漕ぎになってしまうのではないかという疑念を同時に感じたことは事実だ。むしろ漕手に説明するタイミングがとても大切なのかもしれない。
そして以前抜粋した月間ROWINGの記事の中で、武田選手が漕手の状態は3つの段階に分けられるというようなニュアンスの話をしていたのを思い出した。
まずは、ボートを感じて進めることの重要性を知る段階。そしてボートを進めている感覚を獲得する段階。最後にその基礎となる感覚を基に漕ぎを最適化させていく段階。
漕手が今2つ目の段階にいるのか、最終段階にいるのか。漕手の身体の使い方に問題があるのか、それとも艇を動かす感覚に問題があるのか。感覚のない選手の漕ぎを最適化しようとしてもおそらく艇は動かなくなるだけだ。そこをきちんと見極めて、最も正確なアプローチをしていくことが必要なのだと今は感じている。
そしてもう一度自分の行いを振り返ってみた時、最適化にももっと取り組むべきだったかなぁと反省している。少し漕手の感覚に頼りすぎてしまった気がする。