【女子部㉑】さらに深く地下へ


こんばんは。

女子部コーチの岡です。

3月に入り、だいぶあたたかくなってきました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。
私自身は、職場でコロナ陽性者の対応に入っており、艇庫に行けなくなったことで、またも淋しい日々を送っています。

3月と言えば、大学の入試も一段落ついて、新歓が本格的に動き出す季節ですね。

ボート部は本音で話せる仲間、腹を割って話せる仲間が得られるところだとよく言います。

ただ、この「本音で話す」という言葉が、個人的にはあまりぴんときません。

そもそも本音とはなんでしょうか?
「あなたの本音はなんですか?」と聞かれて、それを100パーセント言語化できますか?

私は、人の本音というのは、言葉にならない領域にあると思っています。

小説家の村上春樹さんは、小説を書くことを説明するときに、よく以下のような喩えを使います。
(細かい表現はちがうと思います。ごめんなさい。)

一軒の家があったとして、
一階にはリビング、明るく楽しく、共通の言語でお互いに会話ができる領域。
二階には自分の部屋、好きな本を読んだり好きな音楽を聴いたりできる、個人的な領域。
地下一階は無意識の世界、過去のトラウマや家族の記憶が息をひそめている、しかし下りようと決意すれば、わりと下りていける領域。
地下二階はそれよりも深く下へ、辿り着こうと思ってもなかなか行けない、暗闇の領域。

村上さんにとって、小説を書くことは自分自身を知ることでもあり、地下二階に下りていく試みであるそうです。

(ちなみに、2016年のアメリカ
の大統領選で、ヒラリー・クリ
ントンは一階の領域で話を続けたために負け、ドナルド・トランプは地下一階の領域で国民の無意識の感情にうまく訴えたからこそ勝った、という分析があります。)

あくまで私のイメージですが、本音というのは、たぶん暗闇の部分に隠れているものです。

それは理屈で説明なんかつかないし、きれいな言葉になることもありません。
一方で、人を根底から動かすエネルギーはそこから湧いてきます。

だから、ここぞというタイミングでは、論理的な筋道など考えず、弱音に聞こえることも、矛盾したことも、ただの感情の塊も、とりあえず出してみることが大切ではないかと思っています。
聞いた人はそこから必ず何かを受け取ってくれるはずです。

勉強という理屈の世界、東大という上流の社会にいると忘れがちですが、そもそも人間なんて、それほど優しくもないし賢くもないです。
わけのわからない感情をもてあました、とても怖い存在だと思っています。

他人も怖ければ自分も怖い、とにかく得体が知れません。

まだ大して生きていないくせにえらそうなことばっかり言ってしまっていますが、それが私の今の実感です。

だからこそ、長い時間をともに過ごし、クルーを組む中で、より深くつながる間柄を築ける(かもしれない)ことが、ボート部の醍醐味ではないでしょうか。

良いクルーは一つの生き物のように動くと言いますが、それはクルーどうしが、地下で繋がっているからこそ、そう見えるんじゃないかなと思っています。

言語化することは大切です。
それと同じくらい、言葉にならない声や気配に耳を澄ますことも大切です。

チーム作りのあり方について、そんなことを考えました。

冬場の小艇期間を終えてクルーボートに以降していくこの季節、つくりばなしではなく、理性的な話し合いだけでもなく、身体から湧いてくる言葉で、地下水をどんどん流してほしいと思っています。

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(ボートとまったく関係ありませんが、海の水と川の水が混ざり合うところです。村上春樹好きな人はもしかしたら意味がわかるかもしれません)


女子部コーチ


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