皆さんどうもこんにちは!新3年漕手の中村耕大です。同期のトリということで恐縮していますが、お付き合いただけると嬉しいです。ちなみに、昨晩なぜか午前2時まで眠りにつけず、そのまま練習を終えたので、今とても眠いです。先ほど、艇庫の食堂でもう3月だねという話になりました。信じられません。速い、速すぎる。光陰矢の如しとはこのことを言うのでしょう。気が付けば、大学生活も折り返し。ブログでも書かない限り内省をしない質なので、この場をお借りして漕艇部入部から今日に至るまでをじっくりと振り返りたいと思います。
4月、いろいろなサークルや部活を見て回り、漕艇部の試乗会に参加したのは下旬あたりだったと記憶しています。当初は入部するつもりもなく、軽い気持ちで戸田公園に足を踏み入れたのですが、そこで私はビビッと来てしまいました。さしたる根拠もなく、直感めいたものにすぎないのですが、ここには大学生活を賭す価値があるかもしれないと感じたのです。先輩方がよっぽどカッコよく見えたのでしょうね。そうして試乗会の次の日には先輩には入部する旨の連絡を入れていました。こういう知らない世界に飛び込むバイタリティは、自分の強みでもあり弱みでもあるのかなと思っています。
5月から8月にかけてはいわゆる駒トレの時期でした。同期と駒場キャンパスや代々木公園でトレーニングをするのですが、これが本当にしんどい。自分は身長も低く、走るのも遅くて、おまけに身体も硬かったので、同期に劣等感を抱くこともありました。ただ、いずれ追いついてやる、絶対に負けたくないという思いは強く持っていた記憶があります。幸か不幸か、同期には負けず嫌いの人間が多く、徹底的な「個」の衝突の中で、皆が心身ともに壮健に成長していきました。私達の代の「強さ」はこの異常な負けず嫌いに起因すると思っています。
夏休み以降は、スカル合宿、浅野杯合宿を皮切りに合宿を組んでの練習が始まりました。中でも、京大戦期間は、現在に至るまでで心身ともに最も追い込まれた期間でした。先輩方とエイトに乗る同期もいる中で、残ったメンバーは付きフォアを組み、連日川での並べ三昧。自分は、その付きフォアのセカンドクルーということで、これまた同期への劣等感を抱きつつも、このクルーで周りを見返してやろうと一致団結して必死に練習に立ち向かいました。最終的に良いタイムが残せたわけではありませんでしたが、漕艇部で生き抜くベースはここで培われました。クルーで苦楽を共にした國分とは、今でも当時の思い出話をします。
冬場は、ひたすらシングルスカルを漕ぎこみました。私は、運よく怪我による離脱を免れたため、継続して練習量を積むことができ、みるみるうちに記録が伸び、シングルも進むようになりました。前述したように、それまでおよそ日の目を浴びていたとは言い難かったので、この時期は自分の真摯な努力が結果に結びつくことが素直に嬉しく、モチベーション高くボートに向き合えました。
春先のシーズンでは、選考がシングルスカルメインであったことや、同期に多くの離脱者がいたことなど多くの偶然が重なり、対校エイトに乗ることができました。ただ、当時の私はエイトクルーとしての自分に自信が持てず、東商戦への思い入れも正直あまり強くありませんでした。そんな私は、お花見レガッタ後、背中を痛めたタイミングで簡単にエイトのシートを手放してしまったんですよね。痛めたはずの背中は、3日も安静にしていると完治してしまい、東商戦までは漫然とシングルを漕ぎ続ける日々。正直、コンディション的には東商戦にも出漕できたのですが、どうしても漕ぐ気になれず、結局本番はボートホルダーで迎えました。対校エイトは大逆転で勝利を収め、それを知った瞬間に強い、強い後悔の念が湧いてきました。自分はなんて馬鹿なことをしたんだろうと。ボートホルダーの仕事を終え、ワゴンカーに揺られ帰ってきた時に、皆が笑顔で写真撮影をしていて、その輪に加わることが本当に惨めだったのを鮮明に覚えています。その瞬間、私はインカレ選考までに相応の実力を付けて必ずエイトに乗ると決意しました。自分のボートへの執着は、ここで一応の完成を見たように思います。
苦しかった東商戦期間から一転して、2回目の京大戦期間は比較的前向きに過ごすことができました。対校エイト組の佐々木、小野田を中心に、同期クルーを速くしていく全ての過程を純粋に楽しめましたね。私達の代の京大戦エイトは、前例の無い体力水準を有していため、勝利への絶対的自信を以て瀬田に遠征。無事本番でも圧勝を収めることができました。試合後、大阪の高校同期宅で飲んだ、キンキンに冷えた氷結ロング缶は、なんとも形容しがたい味わいでした。あれは美味かった。
京大戦後には1週間ほどのオフをいただけたのですが、なんとオフ明けすぐにインカレ選考のシングルTTがあり、前述したようにエイトに乗ると決意していた自分は、オフ3日目には艇庫に帰って自主練をしていましたね。そして、迎えたインカレ選考では納得のいくタイムを出すことができ、当然自分はエイトクルーに乗るチャンスが与えられると信じていました。ところが、様々な事情もありシートレースは白紙になり、インカレクルーはなし崩し的に決定。当時の未熟な自分には、この理不尽な決定を受け入れる「器用さ」が無く、「俺が乗った方が艇が進むのに」という不満を抱いてしまい、それを周囲を漏らしていました。今思えば、先輩方も熟慮の末の苦渋の決断をしてくださっていましたし、エイトで実績の無い自分には、チャンスを与える価値が無いと思われたのでしょう。しかし、選考へのフラストレーションはなかなか抜けず、モヤモヤしたままインカレ期間に突入。最終的には、同じクルーでラストシーズンを戦った原さんに笑顔で引退してもらいたい、その純粋な気持ちで頑張ることができましたが、それでもエイトへの反骨心のようなものが心の奥底に、ただ確かに残っていました。
秋の新人戦では表彰台を目標に掲げ、新しくコーチに加わってくださった赤木さんのエネルギーも借りつつ、善戦しましたが早稲田に準決勝で敗北。結局7位という微妙な結果に終わってしまいました。その借りを来るインカレで返すべく、この冬場は、圧倒的な練習量を積みました。練習前に本当にこれから練習するか迷うほど疲労困憊になりましたが、もう今までみたいな悔しい思いはしたくない、その一心で仲間と覚悟を決めて、必死に、懸命に、ひたむきに練習を継続しました。正直、去年の1.7倍くらい練習が辛いです。ただ、それがシーズンでの飛躍に繋がると信じています。弱い東大が、強豪私大に勝つためにはまず練習するしかないからです。まずは、来る東商戦、必ず勝ちます。
ここまでの大学生活を振り返ろうとしたのですが、気づいたらボートに対する振り返りになってしまいました。それほどまでに、自分は今ボートに夢中です。ボート部に入らなければ、こんなに笑うことも、悔しがることも、本気になることもなかったでしょう。大切な仲間と必死に考えて、練習して、これからも日本一を目指したいと思います。なんか、めちゃくちゃ長くなっちゃったんですけど、もしここまで読んでくれた人がいたらお礼を言いたいです。ありがとう。


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