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本気であるということについて

こんにちは。

今年度の女子部主将を務めることになりました、

教養学部三年の岡と申します。

インカレ前に一度、我々の代で主将を眞鍋に任せることを決め、

このブログでもそのようにご報告させていただきましたが、

全日本までの期間にもう一度女子部の中でよく話し合い、

主将を替えさせていただくことになりました。

一度は正式に決定した事項を覆したことで、

女子部に不信感を抱いてしまった方もいらっしゃるかもしれませんが、

今年度のために何がベストになるか、をよく考えた上での決定です。

混乱を招く事態となってしまい、

関係者の方々にはこの場を借りて深くお詫び申し上げます。

誰が主将であろうと、女子部の目指すところに変わりはありませんので、

今後とも、どうぞ応援よろしくお願いいたします。

さて突然ですが、

人が「本気である」ということは、いったいどのような状態を指すのかと、皆さんは思われますか?

あらゆることに集中力高く取り組むこと?

自分のすべてをかけること?

他のことをやったり考えたりする余裕がないこと?

ちなみに、

私の電子辞書に入っていた「デジタル大辞泉」には、

①まじめな気持ち。真剣な気持ち。また、そのさま。

②めんこなどの子供の遊びで、勝てば相手の出したものを取れるというルール。

とありました。

(②の意味は初耳でした。)

最近思うのは、

人から「あいつ本気だぞ」と思われたり、あるいは自分で自分のことを「今、俺は本気になっている!」という風に感じたりするのは、

その人が、

その時点での自分に「できる」ことをやっているときじゃないか、ということです。

人はもちろん空を飛べません。

でも、飛行機という機械を作って、それに乗って空を飛ぶことならできました。

割ってしまった鏡を、元通りに戻すことはできません。

でも、新しい鏡を大切に扱っていくことならできます。

誰かに面と向かって告白することはできないかもしれません。

でも、文字の形にして想いを伝えることならできるかもしれません。

人間は所詮人間でしかないので、「できないこと」は、それはもう数えきれないほどあります。

でも、「できること」

もっと言うと、、

「できるのは分かっているけど、大変だったり面倒だったりでやっていないこと」

「できる気はしているけど、何か怖くてやっていないこと」

「できない、という確証があるわけではないけど、できないと無意識のうちに決めつけていること」

みたいなものも、実は相当な数あるのではないか、と思います。

自分に「できないこと」以外は全部やる

ことが、本気であるということなのではないか、

という気がします。

そう考えると、「本気になる」ことってなかなか難しいですね。

でも、「本気になる」ことが、「自分のできることを全てやる」ことだとしたら、

本気になることができないわけがありません。

「できること」は、「できる」わけですから、できます。

東大ボート部というチームが「勝つ」ことに貢献できる行動が目の前にあって、

もしそれが自分の「できる」ことだったら、

エネルギーを惜しまずにやりたいものです。

チームを勝たせることに全員が本気になったチームが負けるわけがないと思います。

そしてそういうチームで練習していくことは、とても楽しいことだと思います。

というわけで、

これから一年間、どうぞよろしくお願いいたします。

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