1年の思い出

こんにちは。新2年漕手の永田能義です。本格的に暖かくなってきて、練習中の汗の量も日に日に増えてきています。純粋に流した汗の量で強さが決まるとしたら、発汗モンスター永田が戸田を支配することでしょう。現実は非情です。

それはさておき、今回の記事では、漕艇部での思い出について書いていきます。漕艇部と関わりを持ち始めて丸一年、色々な思い出ができています。入部の決意、検見川合宿、駒トレと土曜乗艇、スカイツリー遠漕、浅野杯、戸田旅行、スカル合宿、新人戦、冬場のトレーニング…せっかくなので一通り。

まずは入部を決意したところから。大学に合格後、高校の先輩が部員であるというご縁があり、漕艇部の勧誘を受けました。試乗会に参加したものの、ボートを漕ぐことに対してはそこまで大きな魅力は感じませんでした。それよりも部の雰囲気がとてもいいなと感じ、ここなら大学生活を充実したものにできそうと思いながら入部を迷っていました。その後言われるがままに参加した駒場での体験練習が僕を漕艇部に導きました。詳しいことは書きませんが、2回オロロロロしてしまったんですね。体験練習ではライクニーナ (https://youtu.be/ZMO_XC9w7Lw)という結構ハードな運動をしたのですが、直前に明らか運動に適さないものを食べる(商品名は伏せます)、超空腹の状態というそれぞれ舐めてんのかっていう準備で臨んだため、あえなく敗北しました。別に体力にすごく自信があったというわけではないですが、一応中高と運動部に所属していたので、ここまで体力的に弱いのかと衝撃を受けました。これで入部しなかったら辛いことから逃げ続ける人生になる気がして、強くなりたい、強くなって自信をつけたいと思い、入部を即決しました。ライクニーナがなかったら今頃自分は何をしてたかななんて考えると面白いです。

東商戦でボートのレースを初めて観て「おぉー」となったあと、ゴールデンウィークの検見川合宿に参加しました。坂ダッシュがきつかったこと、風呂にシャンプー類が備えられていなかったこと、最後のサッカーで野崎部長がハットトリックしたこと(地味に自分が3アシスト)が特に印象に残っています。今では気の置けない同期もこの時にはまだ距離感があったなーと思います。

検見川合宿のあとは、平日に駒場でトレーニング、土曜に荒川で乗艇練習という毎日が始まりました。駒トレでは、僕を漕艇部に導いたライクニーナをはじめ、駒場キャンパスの周囲を2周走る「駒2」(5km)、エルゴのフォーム習得などが行われました。最初はあんなにしんどかったライクニーナも回数を重ねるごとにやり切れるようになり、成長を感じられて楽しかったことを覚えています。土曜乗艇では、一緒に乗艇して教えてくださるOBの先輩方がひたすらにまぶしかったです。

6月下旬にはスカイツリー遠漕がありました。艇庫からスカイツリーの近くまでの20数キロの道のりを、行きと帰りで交代して4人乗りのボートで漕ぎました。自分は帰りの方だったのですが、帰りは荒川を上っていくわけで、「行きより若干きついじゃねぇーか」とちょっと損した気分でした。こんなことに損得を見出していたら今頃大赤字ですよ。あの時と比べれば確実に今の自分はボート部員になれていると思います。

8月に入り、学校が夏休みになると、浅野杯合宿が始まりました。8月中旬に行われる新人の対抗戦にむけ、クォドのクルーを組んで練習しました。今でこそ2週間はあっという間に過ぎ去りますが、浅野杯合宿の2週間はものすごく長かったように思います。初めての合宿生活、早朝からの練習など、新しいことばかりだったからでしょう。早朝の荒川で漕ぐのがとても気持ちよかった覚えがあります。最初はなかなか漕ぎがそろわず、バランスよく漕げませんでしたが、なんとかそれっぽいものにまで持っていき、レース本番を迎えました。結果はぶっちぎりのビリ。3艇でのレースで、残り2艇はアツい闘いをしていたようですが、そんなこともつゆ知らず。悔しさを通り越してこんなに差がつくのかと困惑していました。かくして不本意な結果に終わったわけですが、この浅野杯合宿を通して、クルービルディングの難しさ、ボートのレースの何たるか、オールから手を離してはいけないという教訓を学ぶことができました。

浅野杯の翌日、バスで静岡にある東大の戸田寮(へだ)に向かいました。外ですることといったら海水浴くらいでしたが、海も星も綺麗でとても楽しかったです。浜辺で深~い話もしました。人生観、恋愛観などなど。天性のパーソナリティは人それぞれ違うし、生まれ育った環境も人それぞれ違う。だからそこから生まれてくる価値観は自分のとは違って、なかなか理解できないものだったりはするけれど、それを尊重し合うことが人との関わりなんだろうなぁと、そんな風に思いました。自分を見つめ直す機会にもなりました。

3週間の休みを挟んでスカル合宿が始まりました。3週間の休みなんて今じゃ考えられませんが、途中自分はコロナでぶっ倒れていたのであまり休んだ感じはしませんでした。スカル合宿ではシングルスカルで練習するのですが、バランスがとりにくくて怖く、オールを水面に擦り続けるビタビタチキンローを披露し続けていました。ビタビタチキンローをしていても6回沈したので、あぁセンスがないんだなぁとガックリきました。結局スカルへの恐怖心を拭えないまま、10日間のスカル合宿は終わりました。

スカル合宿が終わるとすぐに、10月下旬に行われる新人戦に向け、新人戦合宿が始まりました。一年生でエイトのクルーを組んだのですが、やはり最初は悲惨なもので、バランスもろくにとれないといった状況でした。しかし、新人コーチ、新人トレーナーの方々のご指導と、練習の積み重ねのおかげで、本番までには何とか形にすることができました。タイムとしてはスタートラインにすら立ってないようなものでしたが、初の対外試合を経験して、これから頑張っていこうと思いました。

新人戦が終わると、冬のトレーニング期間が始まりました。年末までは、筋力トレーニングがメインで、この時期に体重、筋力が大きく伸びました。スカルの乗艇もありましたが、この頃には割と怖がらずに漕げるようになっていました。年末にエルゴの2000ttがあったのですが、記録は伸びはしたものの、体重増加分くらいしか伸びていなくて残念でした。年が明けると乗艇とエルゴのメニューが増え、練習がとてつもなく辛くなりました。エルゴの値もなかなか伸びないし、何でこんなことしてるんだろうと考えることも多々あり、体力的にも精神的にもやられていました。2月の終わりくらいにようやく値が伸びはじめ、精神的な辛さから脱却しました。3/11の2000ttでは大幅にベストを更新することができ、辛い中練習を積んだことが無駄じゃなかったと思うことができました。今後、練習を積んでもなかなか伸びない時期は絶対にあるだろうし、それは今回よりもずっと長いかもしれません。それでも前向きに向上心を持って取り組めるか、そこが大事になってくると思います。

ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。拙い文章でつらつらと書き連ねてしまいましたが、漕艇部での最初の1年間がとても濃いものであったことは伝えられたのではないでしょうか。この先、もっともっとたくさんの思い出ができることでしょう。それらを少しでも良いものにできるように日々精進していきます。

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新人コーチ、トレーナーの方々と同期です。成長を見せられるように頑張ります。

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