入学式のことである。
プレオリエンテーションで写真を撮ってもらい、顔本を作ってもらった僕たちだったが、理科一類ドイツ語クラスだったこともありお世辞にも社交的な人たちではなく人見知りになるいい材料が揃っただけであった。
入学式も当然全員で集まるというようなことはなく、僕たちは(少人数でのグループはあったのかもしれないが)基本高校仲間、また1人で入学式に臨んでいた。入学式では祝辞として、上野千鶴子さんが演説をしてくださり僕にとって非常に印象に残る祝辞となった。後にも先にもあのような衝撃的な演説をする方はいらっしゃらないと推測する。
その後も順調に入学式は進み、式が終わって解散する段になった。僕はクラスで1人家が近い知り合いがいたのでその人と合流し雪崩に巻き込まれる形で武道館を追い出された。僕は時計台の前にその知り合いと流れ着き、これから先どうしようかと考えていた。その時、不意に、その知り合いが口を開いた。
「クラスのみんなと写真を撮らない?」
うーん、写真かぁ。撮れるかしら、、、。みんな集まらないし、、、。
内心そう思っていたが、その場はとりあえず「ええやん、撮ろう撮ろう!」と返しておいた。
しかし実際どうしたらいいのだ。みんな人見知りで自分の記憶ではろくに話したことはないし、おまけに3000人の中で集まろうと言ったってみんな集まる保証などまるでないではないか!
先ほど口にした言葉を後悔しながら逡巡している僕に向かって、次の瞬間知り合いがポツリと言った。
「三木のリュック、目印にしたらいいやん!」
当時、僕はブラジリアンデザインの中々一般の人が買うことのない非常に個性的なリュックを持っていた。ピンク、水色、黄色、赤、、、。カラフルな色味を使っておそらくブラジルのジャングルを表現したであろう作品で、某葉っぱ型のブランドではあるものの敬遠する匂いに満ち満ちている作品であった。なぜ自分がそれを買ったのか?ここでは、その理由を書くには狭すぎる。
え、このリュックで目印になるの?人集まるの?まあ、めっちゃ面白いけど、、、。
心の内ではこんなもので集まらないだろうと半ば諦めつつ「とりあえずやってみる?」という形で試しに頭上高くにリュックを掲げることにした。幸い、僕たちはライングループを持っていたので、とりあえず「やばい色のリュックの近くに集合」という触れ込みで人を集めることにした。
武道館から絶えず人が吐き出される中、1分、2分と時間が過ぎていった。流れる人の数は膨大で、まるで梅雨の時期に訪れる土石流のようだ。一瞬にして50人くらいが目の前を通っていったのではないか、今の記憶ではそのような感じがする。もうこのまま人が集まらないんじゃないか、そう強く感じていた時自分の前にとても見たことのある顔が現れた。
あれ?この子、確か顔本のあの子じゃ、、、?え、うそん。集まっちゃったよ。
びっくりしている僕をよそにそのあと1人、また2人と見知った顔が僕の視界に映り始めた。
え、僕のリュックで人が集まってる!そんな身長も高くないし、こんな人混みの中ではいくら派手なリュックでもそこまで目立たないはずなのに、、、。え、なんか、めっちゃ嬉しいんやけど!!!
それからはもう、面白いくらいに人が集まった。みんな僕のブラジルピンクを目印にあの土石流の中からかき分けかき分けこちらに来てくれたのであった。僕はもうテンションがおかしくなって、サンバよろしくリュックを小躍りさせて少しでも見やすくなるようにブンブン振り回していた。
結局、25人クラスで集まった人数は25人であった。ブラジルがみんなを一つにしたのだ!
こんな面白い集まり方をした人たちがテンション低いはずがない。みんな人見知りであることが嘘のようにワイワイ喋って一丸となって入学式の看板めがけて威風堂々であった。
看板の前で記念に撮っている人たちに説明して空間を空けてもらい、僕たち25人はみんな笑顔で入学式の写真を撮った。入学して3年が経つが、この興奮を超える出来事に僕はまだ会っていない。
東京大学運動会漕艇部 会計 三木健司


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