こんにちは、4年スタッフの谷口です。
4年生が引退に向けての気持ちを語る企画も残り数人となってきました。
いざ自分が記事を書くにいたって、正直のところかなり悩みました。
というのは自分が引退間近になって部活との距離のとり方を測りそこねており、未だそこに結論を出せていないからです。
今でこそ幹部として働いているものの、僕はスポーツの経験もなければ競争心があるわけでもなく、本来ここの部活に馴染むような人間ではありませんでした。
いわば部員の中では端くれ、はぐれ者のような存在であったと思います。
その理由は、僕が新たな挑戦としてではなく自分を安心させるためのものとして部活に取り組んでいたからではないかと考えています。
僕は元々の性格と生い立ちの影響か、常に自分を抑え込み他人や社会に適応しないといけないという不安を無意識ながら強く感じていました。
入部するときに「勉学とは違う新しい軸を作ることができる」という文句に惹かれ、より強い自分を求めたこと。
様々な経験をする中で競技に参加できない自分や満足な働きのできない自分に苛立ったこと。
新勧などの業務で部を引っ張るようになったときは、それまでとは逆に「自分こそが部員の代表だ」と息巻いたこと。
こうした行動は全て、上記の不安からくるものだったかもしれないと今になって思います。
この部活の教育効果は本物で、様々な経験をするうちに確かに今までにない自分の芯や能力が確立されていきます。
しかし競争を勝ち抜くための筋肉や爪牙を身につけることにどこか違和感を感じてもいました。今思えばただ不安から逃げる脚を求めていただけだったのだと思います。
これまで「成長」だと捉えていたものは、実は自分にとっては浮足立っていただけなのかもしれない。
引退間近になってようやくそれに気づくような人間が、周りと同じ部員を名乗るのは恥ずかしい。最近はそんな事も考えていました。
しかし地に足をつけて(這いつくばって)過去を振り返るうちに、そんなはぐれものの自分を受け入れ、見捨てず向き合ってくれたこの部の人達の存在に気づきました。
これまでのチームとの関わりや自分の努力は、自分の心の中に堅く豊かな土壌をもたらしてくれました。それは仲間への信頼であり、自分への信頼であり、チームへの信頼であると思います。
この部が部則のなかに掲げる「豊かな人間性」を養えたかは未だ自信を持てませんが、様々な人と本気で向き合い努力する中で、それを育てていける確かな地盤が自分にはできたと確信しています。
今は忙しさが鳴りを潜めた(当社比)ことで背伸びする必要もなくなり、会計の仕事を締めつつ部活と自分を見つめ直しています。
コロナ禍中での会計や新勧の業務は困難の連続であり、この部活動がいかに多くの人の努力の上に成り立つものなのかという実感をもたらしました。
このようなはぐれ者を育ててくれた部に関わる人に感謝するとともに、この尊い学びの場がいつまでも続いてほしいと思います。
これから部のために何ができるかはわかりませんが、ひとまずいまは現役部員として恥じぬよう、インカレまで責任を全うしていきます。
長文駄文失礼しました。今後とも漕艇部をよろしくお願いいたします。