こんにちは!新3年の高岡です。気が付けばもう2月も終わりですね…!春休みも1/4が終わってしまったことに少しショックを受けている今日この頃です。
さて、今日は恥ずかしながらも自分のことについて書こうと思います。
僕は2月3日から、漕手を辞めスタッフとしてボート部に関わることになりました。理由は度重なる怪我で体の限界を感じたからです。
一度インカレの前にも、腰痛でこのまま復帰できないのではないかと思い、スタッフになることを考えていました。そのときはこれなら復帰できるというリハビリメニューが見つかり、漕手として全日本にも出場できました。結果は奮いませんでしたが、大会に出場できることがすごく嬉しかったのをよく覚えています。
腰痛は何度も苦しんできましたが、腰痛が原因で漕手をやめようと考えたことは前にも後にもこの一度きりでした。
スタッフに転向する2週間前に、乗艇をしていたのですが、そのときに原因不明の膝の痛みを発症しました。もともと腰の調子が芳しくなく毎朝前日決めた練習メニューを調整していたのですが、この膝の痛みで、腰と膝の両方を考慮してメニューを調整しなければならなくなったことに心が折れてしまいました。ちなみに膝の痛みとしては立っているのも辛い状況で、歩くと激痛という感じでした。心が折れたときは自分でもびっくりしました。漕手として頑張ろう、と心にあったモチベが崩れ去る感じでした。もう全てがどうでもいい、そういう気持ちでした。その時はテストも近くこのままではまずいと気持ちを奮い立たせ、心が折れたのは気のせいと思い込ませ、練習を再開しました。しかしダメでした。ここまで楽しくない練習があるのかと感じました。このときに2度目のスタッフ転向を考えることとなりました。このときは漕手を続けたいと思ってもすぐにスタッフになった方が良いのでは?という考えが頭に浮かぶような状態でした。
そうこうしているうちに膝の痛みも強くなり、それをかばうような動きをして腰痛も悪化したため、1週間スタッフお試し期間を作ることにしました。このままだと漕手としてもスタッフとしても中途半端に終わりそうな気がしたので、お試し期間開始のときに1週間後に痛みが治って一乗艇が完遂できない場合にはスタッフに転向すると決めました。
結果として治らなかったのでスタッフになりましたが、最近も腰痛に苦しむこともあるので、あのとき決断しておいて良かったなと少し思います。
ボートやこれまでの練習で得られた知識を活かして、これまで東大ボート部のスタッフで行われていなかったような仕事にも取り組んでいけるように今奮闘しています。また、京大戦幹事という役職にも就任し、スタッフとしてさらに活躍していけそうな気がします。
これまでのボート漕手としての経験は本当に素敵なものでした。高校生の時の初レースで優勝したのは良い思い出です。これまで支えてくださった方々には感謝の気持ちでいっぱいです。これからのスタッフとしての活躍も是非応援よろしくお願いします!