こんにちは安藤です。
あいもかわらず取り留めもないことを書きますが、みなさんは人の心が読めるようになりたいと思ったことはありますか?
私は思うこともあれば思わないこともある気がします。(当たり前なことを当たり前に言えるようになったら一人前)
人の心が読めるという能力にみんなはどのようなイメージを持っているでしょうか。
小学生なら能力を使って悪人を倒し世界を救おうと考えるでしょうか。
中学生なら好きな子の考えてることを知りたいと思うでしょうか。
高校生なら能力を利用して、金儲けする手段を考えるでしょうか。
大学4年生になって改めてそういう能力をもったとしたらどう生きるかを考え直してみました。上に書いたようなことは割と今でも考える気はしましたね。でも今はこの能力によってもたらされるメリットよりも能力によってもたらされるデメリットを考えるようにもなりました。例えば、もし常時人の心が読めるとしたらそれは相手の本音?と言えるかは解釈の余地があると思いますが、その瞬間に考えてることが丸聞こえな訳です。そこで相手が考えていることは一時的な感情かもしれません。後々その考えを脳内で撤回している可能性だってあるのにその時の言葉だけをあげあしをと取るかのように評価してしまう可能性だってあるわけです。第一心の声が聞こえるとして、話してなくても聞こえてくるなら電車の中とかうるさすぎて耐えられない気もします。(少年漫画なら相手の体に触れている時とか目が合っているときとかある程度の限定はある気もしますが)相手が本音を言わなかったら信用できないでしょう。でも本音しか言わない人がいるでしょうか。本音を言っているという建前がなければ例え家庭内であっとしても平穏にはすごせないでしょう。
まとめると今の考えではその能力によって他人を信じることもできず人間不信に陥り、精神的に病んでいくんじゃないかなぁと最近は思います。それで人のいない山にでも籠ってる気がします。
(こういうマイナス思考をも含むようになるという考え方の変遷は割と少年漫画と青年漫画の違いに通じるものがあるとも思います。大学生になって少年漫画をもの足りなく感じ、青年漫画の方が面白く感じるようになった背景にはこうした考えさせられる範囲が広がってきているのかもしれません。)
すこし暗い話になってしまいましたが、基本的に僕たちに人の心をのぞく能力はないわけです。だから言葉があるんですよね。人の気持ちは言葉でしか通わせることはできない。少女漫画のように運命の相手が決まっていて、周りに気持ちが筒抜けなんてこともないんですよね。言わなければ伝わらないだけでもくもくと時間だけが過ぎていって老けていくだけです。考えていることを伝えようと思うなら言葉にするという行動をとりましょう。
ボートでも同じことが言えますよね。いい漕ぎができた瞬間があっても共有するためには発信しなければなりません。なんでもかんでも言えば良いって話でもないし、言い方もあると思いはしますが、そういう言うべき事がお互いに言えて、なおかつ言われたことを真摯に受け止められるクルーというのは強くなると思います。
まあこんなことを書いてみましたが、テレポーテーションとかサイコキネシスとかは便利だし欲しいんで明日にでも目覚めてないかなと毎日思っています。
以上安藤でした。