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富士山

この季節は空気が澄んでいるので、夜には星が、朝には富士山が見えます。写真は荒川の土手から。ちなみに戸田公園の駅のホームからも見えます。
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空の色とかぶって見えにくいですが。三菱の建物の辺りに見えます。

今日も1組目の練習を見た。モーターに同乗したCOXは片山と石神。今日は、昨日よりもスムーズに練習を開始することができて良かった。ただ、片山にはもう少しだけ、元気を出してほしい。あの若干の気だるげな感じは、選手はどう思っているのかなぁ。まぁ自分も今、選手にどう思われているのかは知りませんが。

昨日と同様に、序盤は全く見えない。2Xか1Xかぐらいは分かるが、それ以上はなかなか難しい。今日も航路についてうるさく言わざるをえない局面が多かった。岸けり場過ぎてすぐのカーブに関しては若干ながら航路の改善も見えたが、それ以降は怪しかった。笹目の前後は特に気をつけて欲しい。

新2年生の2Xは昨日に比べて動きが良くなっていたように思う。そして、少しずつリズムの作り方、合わせどころの認識ができてきたと思う。ただ、もっと深く理解する必要がありそうなので引き続き、今週はトコトン今の方向で行こうと思う。ただ、ドライブの強さは忘れないで。新3,4年生の1Xに関しては、フィニッシュ周りで上体の返しの部分で結構気になる人が多かった。トロいというか、もう少しスムーズさというか、素早さを出したほうが良いのではないかとも思った。ABにそこの認識を確認するのを今日は怠ってしまったので、次の機会にきちんと聞こうと思う。

後半組のことは見てないので分かりません。すいません。

学生インタビューVol.5 工藤 (2010.11.30)

平野の後輩、都立西高校出身の新2年生。同期からはゴリというあだ名で親しまれている。普段から色んな事を考えているはずなのに、なかなかアウトプットしてくれない曲者。案の定、なかなか苦しむことになりましたが、結果的に工藤の口から工藤自身の言葉をいろいろと聞けて良かったです。

浅野艇庫

東大の本艇庫の隣に立っている浅野艇庫。このBlogでもたびたび名前は出てきたことだろう。ここには東大の歴史が詰まっている。最近、ちょっと興味をそそられる言葉を見つけたので、ググってみたところ、どうやら月刊漕艇(昔の月刊Rowing)に答えがあるらしく、探してみることにした。

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見事に発掘。過去数十年にわたっての月刊漕艇が保管されてました。適当に目星をつけつつ、探っていくこと十数分。意外にあっさり見つかりました。

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かつて、東北大学を勝利に導いた調和漕法に関する元東北大学ボート部監督である堀内浩太郎さんの連載記事(連載は1975年4月~1976年3月の計10回)。ちなみに、調和漕法の連載の次には加速度漕法の連載も始まっています。
そして、右にあるプリントは、2008年に、堀内さんから直接漕法のレクチャーをしていただいた時のもの。このプリントの内容は以前に読んだが、月刊漕法の方ではもう少し詳しく細かくいろんなことが書かれている様子。まだほとんど読んでないですが。

しかし、この漕法なかなか奥が深そう。正直、一朝一夕でどうにかなるのかって感じです。興味ある人は読んでみたらどうですか。今年はABがいるので読んで実際にどうこうというわけでもないですが、日本のRowingの歴史を知ることも有意義なことと思いますよ。私は、正月にでも読んでみます。

名選手名監督にあらず

(もっとも、私は、名選手ではありませんでしたが・・・。)
最近ふとあることがきっかけで思い出した言葉があります。それは、今年受けた日本体育協会の公認コーチ講習会でデンソーのHC三本さんの口から何気なく聞いた一言。
「選手というのは色々と尖がった人が多い。しかし、コーチになるとそこが丸くなっていく。」
正直、正確な言い回しまでは覚えてないですが、要するに選手はより強い個性を発揮することが重要だけど、コーチは不特定多数の選手と接する必要があるために、アクが強すぎても良くない(ある選手と噛み合わない自体が起こりえる)。ということなのかなぁとふと思い出して考えました。

選手の時と、コーチの時では、そこら辺が変わってくるのかもしれません(別に私自身、アクが強いコーチでもないですが)。上に、今の自分が選手にどう映っているのかみたいな話をしましたが、自分の身の振り方に関して何かを気付かされた一言でした。

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「富士山」への9件のフィードバック

  1. 堀内浩太郎さんの「東北大の調和漕法」は技術屋が書いた漕法理論で、一読をおすすめします。私たち(昭和51入学)が現役のころも読んでいました。東北大の艇庫の前まで、ブラックシャフトのオールを見に行ったものです。卒業してヤマハに入った最初の仕事が、堀内さんの指導のもとで、東北大のためにブラックシャフトをつくることになろうとは、そのころは思いもしなかったのですが。ブラックシャフトは、デルタの特製の細い木のオールに東レ製の一方向性のカーボンを張り込み、剛性を調整したうえで、最後にカーボンの編組をかぶせ、固める工法を取っていました。ブラックシャフトは、黒くて、細くて、しなりがいいオールでした。

  2. 堀内浩太郎さんの「東北大の調和漕法」は技術屋が書いた漕法理論で、一読をおすすめします。私たち(昭和51入学)が現役のころも読んでいました。東北大の艇庫の前まで、ブラックシャフトのオールを見に行ったものです。卒業してヤマハに入った最初の仕事が、堀内さんの指導のもとで、東北大のためにブラックシャフトをつくることになろうとは、そのころは思いもしなかったのですが。ブラックシャフトは、デルタの特製の細い木のオールに東レ製の一方向性のカーボンを張り込み、剛性を調整したうえで、最後にカーボンの編組をかぶせ、固める工法を取っていました。ブラックシャフトは、黒くて、細くて、しなりがいいオールでした。

  3. 堀内浩太郎さんの「東北大の調和漕法」は技術屋が書いた漕法理論で、一読をおすすめします。私たち(昭和51入学)が現役のころも読んでいました。東北大の艇庫の前まで、ブラックシャフトのオールを見に行ったものです。卒業してヤマハに入った最初の仕事が、堀内さんの指導のもとで、東北大のためにブラックシャフトをつくることになろうとは、そのころは思いもしなかったのですが。ブラックシャフトは、デルタの特製の細い木のオールに東レ製の一方向性のカーボンを張り込み、剛性を調整したうえで、最後にカーボンの編組をかぶせ、固める工法を取っていました。ブラックシャフトは、黒くて、細くて、しなりがいいオールでした。

  4. 林先輩、コメントありがとうございます。昭和51年と言いますと、ちょうど調和漕法が流行った頃だと思われます。調和漕法以外にも、フランスの漕法に関する資料などもあり、興味は尽きません。
    また、私の勘違いでしたら申し訳ありませんが、艇庫の方に差し入れをいただきまして、一応主務の方からも御礼があったと思いますが、改めて私の方からも御礼させていただきます。おいしくいただきました。

    なお、このコメントの読者にですが、ブラックシャフトに関しては、おやじスカラーのリギングのオールに関するログの中でもおやじさんの使った感想も踏まえて少し触れられているので興味があればそちらも見てみてください。

  5. 林先輩、コメントありがとうございます。昭和51年と言いますと、ちょうど調和漕法が流行った頃だと思われます。調和漕法以外にも、フランスの漕法に関する資料などもあり、興味は尽きません。
    また、私の勘違いでしたら申し訳ありませんが、艇庫の方に差し入れをいただきまして、一応主務の方からも御礼があったと思いますが、改めて私の方からも御礼させていただきます。おいしくいただきました。

    なお、このコメントの読者にですが、ブラックシャフトに関しては、おやじスカラーのリギングのオールに関するログの中でもおやじさんの使った感想も踏まえて少し触れられているので興味があればそちらも見てみてください。

  6. 林先輩、コメントありがとうございます。昭和51年と言いますと、ちょうど調和漕法が流行った頃だと思われます。調和漕法以外にも、フランスの漕法に関する資料などもあり、興味は尽きません。
    また、私の勘違いでしたら申し訳ありませんが、艇庫の方に差し入れをいただきまして、一応主務の方からも御礼があったと思いますが、改めて私の方からも御礼させていただきます。おいしくいただきました。

    なお、このコメントの読者にですが、ブラックシャフトに関しては、おやじスカラーのリギングのオールに関するログの中でもおやじさんの使った感想も踏まえて少し触れられているので興味があればそちらも見てみてください。

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