よかったこと

「漕艇部に入って良かったこと」について書いてくれ、と言われても、難しいですね。15日に同期の亀山が「よかったこととか言われても、他の部活入ってないしわからん」と言って、同期に「そんなこと彼女に言っちゃダメよ」と突っ込まれたという話をブログに書いていました。これを読んで、色々と考えこんでしまいました。まさにそうなんです、別の世界線の僕は他の部活やサークル、又は勉強に熱中する大学生活を送っていたでしょう。そしてそのパラレルワールド上の僕に「今の生活を選んでよかったことは?」と聞いたら、それなりの答えを返してくるでしょう。このスポーツに出会えてよかった、このメンツに出会ってよかった、他ではできない経験が出来た…今思いつくだけでも、10個以上ありました。だから、漕艇部に入ったことで出来なかったことや辿り着けなかった未来は沢山あるんだと思います。ここに入った時点でもう二度と、そんな大学生活、もっと言うと人生を歩むことは出来ないんだなと思うと、なんかとても寂しいです。人生、1周なんかじゃ足りるわけない。

「人生は選択の連続だ」という使い古された言い回し、1度は聞いた事があると思います。選択するということは、選んだ未来以外の可能性を捨てることとほとんど同義です。(20歳にもなってない若造が偉そうに言えることではないですね、すみません)でも、捨てるって、怖くないですか?僕はとても怖いです。お世話になったものを捨てる時、勉強した教科書やノートを捨てる時。頑張った過去や、思い出まで一緒になくなってしまうんじゃないかという錯覚に襲われます。告白する時なんかも、そうですよね。今の友達、又は親友としての関係を捨てての大博打なわけです。(あまり経験ないですが)僕もそうなんですが、東大に進んだ人の一部も、学部を選ぶのを大学2年生まで先延ばしにして色々な可能性を捨てずに残したかったのではないでしょうか。そのために進振りに苦しめられ、こんな大学に入らなければよかった、進振りなんて…という人もいるんでしょうか。すみません、私情が入ってしまいましたね。

話がだいぶ逸れてしまいました。まとまりがない文章になってしまいましたが、敢えて余白を残した、ということにしておきましょう。(すみません)よかったこと、とは少し離れるかもしれませんが、すっかりボートオタクになってしまった僕にボートについて語らせてください。

ほんとに色々なものを捨てて今、漕ぐこと、そして漕艇部にいることを選んだわけですが、これがまぁ面白いんです。競技自体は至って単純。2000mを誰よりも早く漕ぎきること、それだけです。そして、あらゆる手段を使って艇速を追い求めるのが、この漕艇部という集団です。(まだ1年も漕いでないですが)辛いことも、逃げ出したくなることも沢山あります。怪我をして、もうやめてしまおうかと考えたこともあります。友達のインスタを見て、選択ミスったかな、と悩んだこともありました。それでも、それ以上に、ここにいて良かったなと思わせてくるんです、この部活は。沼るしかないです。シングルスカルを漕いでいても、辛いことの方が多いです。手はボロボロになるし、オールは潜るし、バウサイ負けするし、艇速はでないし、並べは負けるし、沈するし。でも、ひとストロークでも船とオールと自分が一体になって、水の上を滑るような漕ぎが出来たらそんな辛いことは忘れてしまいます。そのストロークをもう一度、いやもっと質のいいストロークを、と追い求めてしまうのです。

エルゴだってそうです。エルゴとかいう拷問器具を考えたのはどこのどいつだ、と漕いでいる最中は顔も知らない誰かのことを恨みます。肺は裂けるほど苦しくなるし、足は本当に自分の一部なのかどうか怪しくなるくらい使い物にならなくなります。酸欠で頭が痛く立ち上がれない日もありました。それでも値が出れば、自分の目標に達すれば、そんなことどうでも良くなっちゃうのがこの子の悪いところです。気がついたらまた次の日も値を求めてエルゴに座っている自分がいます。

夢中で強くなりたいと願い、自分を律し、上を目指すことができたのは「漕艇部に入ってよかったこと」と言えるのかもしれないですね。

同期とランしたときの写真です。

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