今回ご紹介するのは、高校までは運動部未経験ながら、現役時代に女子部のコックス(舵手)として活躍され、引退後はボート競技日本代表チームのスタッフとして国内外で活動された齋藤由佳先輩です!現在は、フランスの大学院の博士課程に留学されています!

自己紹介

アンジェ大学(フランス)大学院博士課程に留学中の齋藤さん。パリにて

齋藤由佳です。福島県の橘高校出身で、2008年に文科3類に入学、その後教養学部後期課程に進学しました。ボート部では漕手を経験したあと、2年生になる頃からコックスとして活動しました。
選手を引退したあとも学生コーチとしてボート部の活動に関わったり、ロンドンオリンピックの前後のシーズンだけですが、日本代表チームのボランティアスタッフとして国内外の練習や大会に帯同したりしたこともあります。いまはフランスの大学の博士課程で、歴史学、とくに食文化史という分野を専門にしています。

どのような経緯で東大漕艇部に入部されたんでしょうか。

小学校から高校では合唱部だったので、体を思いっきり動かすことに興味があり、大学生になったらスポーツをやってみたいという気持ちを持っていました。
じつは東大に入学する前、半年ほど別の大学に通っていたことがあり(結局そこは退学して、もう一度受験勉強して東大に入学したのですが)、そこでたまたま学内ボート大会というものに参加したんです。先輩たちや同期の雰囲気にひかれて、体験練習の延長線上のような感じで入部しました。
当時はそれほどボートが好きだったわけでもないのですが(笑)、東大に合格して受験勉強から解放されたとき、急に「またボート漕ぎたい」と思ったのです。なぜそう思ったのかはっきり覚えているわけではないのですが…水上に吹く風の感じとか、オールとボートを通して伝わる水の感覚とか、日差しとか。そういうものが懐かしくなったんですよね。それに、受験期間って勉強以外のことをすることに罪悪感があったりもするし、そんなに友達とおしゃべりする時間もとれないじゃないですか。小中高と部活をやってきた私にとっては、勉強を頑張ること自体は苦ではなかったけれど、一人黙々と机に向かい続けるだけでは、自分がなまっていく部分があるなという感覚がありました。歌にせよボートにせよ、自分の体で勝負するものだし、仲間と力を合わせることが必要不可欠なので、そこで経験することって精神的にも身体的にも自分の血肉になっていくという実感がすごくあるんですよね。そういう「部活」というものがまたやりたくなったんだと思います。
それから東大ボート部の新入生向けイベントに参加して、自然な流れで入部しました。雰囲気も和気あいあいとしていたし、同期が男女あわせて20人くらいと多かったのがうれしくて、特にためらうことはありませんでした。大会に出たいとかいうわけではなく、ちょっと漕げればうれしいなという気持ちだったので、はじめはマネージャーを志望しましたが、結局それだとあまり水上に出る機会がなさそうだとわかったので選手に乗り換えました。

初めからコックスとしてバリバリ活躍しようと思っていたわけではなかったんですね。東大漕艇部やボート競技の魅力って、どんなところでしょうか。

ボートはとても美しいスポーツです。2000mを全力で漕ぎきるというだけでも大変なことで、それに打ち込んでいる人は皆かっこいいと思います。どんなスポーツでもそうだと思うのですが、ボートと出会ったことで、人と向き合ったり自分自身を見つめ直したりするきっかけをたくさんもらいましたチームというのはいろんな個性を持った人がいなければ存続も成長もできないと学んだ場所でもあります。例えば私が4年生のとき、同期の女子選手は自分を入れて3人と少なかったんですが、そのうちの誰が欠けても、あのときのチームは成り立たなかったと自信をもって言えます。私たち一人ひとりが存在したおかげで、いまも東大の女子がボートを漕ぐことができていると言っても過言ではありません。自分で言うのもなんですが(笑)。それはもちろん男子の仲間についても言えることで、ボート部は誰もがかけがえのない存在になれるところですね。
私は日本代表チームのスタッフも経験しましたが、そこでも心がけていたのは、選手もスタッフも、一人ひとりが大切な存在だということを感じてもらえるようにすることです。代表選手は常に厳しい競争に晒されていますが、全員がオンリーワンであることを自覚して初めて、一人ひとりの力が発揮されてチームとしてのまとまりが出てくるということは、大学漕艇部と同じだと感じました。やってることは、挨拶とか声掛けとか、目を見て最後まで話を聴くとかいうコミュニケーションの基本から、その日練習する選手が一人でもいたら付き合うとか、食事の時間が一番遅くなった選手となるべく一緒に食べるとか…たいしたことではないんですけど(笑)、そういう小さなこともすべてつながっているというのも、スポーツの美しさだと思います

「普段の練習やそれ以外のコミュニケーションでどれだけ意思の疎通がとれているか、信頼関係を築けているかが大切」(齋藤さん)
コックスが変われば艇速が変わるほど、クルーのなかでの役割は大きい。写真は、コックスとして練習に臨む齋藤さん
齋藤さんが東大漕艇部で過ごした時間のなかで、最も印象に残ったことや感動されたことを挙げるとしたら何でしょうか?

いろいろあるのですが、ひとつはコックスになって少し経ったとき、同じ艇(てい)に乗っている4人の漕手の動きがぴたっと合ってスピードが出たのを初めて感じたときです。ボートをやってる人がつかう言葉で「フネが走る」というんですけど、ある一漕ぎで突然「走った!」と感じました。それは一緒に乗っていたクルー全員が感じてくれていたようで、これが一体感かぁと。皆で追い求めていた瞬間がやっと来たという感じでした。ボートの醍醐味を知ったように感じてとてもうれしかったのを覚えています。あとは、仲間もみんな毎日頑張っているのを見ているので、漕手がベストタイムを更新したりすると涙が出るほどうれしくなっちゃうことがよくありました。ケガやスランプを乗り越えた選手だったりするとなおさらですよね。

4年生の夏、選手として最後のシーズンに、OG・同期・後輩たちと。前列右から二番目が齋藤さん
チームスポーツならではの経験ですね。コックスは舵を操作するだけでなくクルーをまとめるリーダー的ポジションでもあると思います。齋藤さんにとって、コックスとしてチームをリードすることのやりがいはどんなところですか。

チームをリードしたという意識は、あまりないです(笑)。もちろんそういうスタイルのコックスの方もいらっしゃるとは思うのですが、私が乗っていた4人漕ぎの艇では同期の主将がリーダーシップを発揮してくれていたので、私はどちらかというとサポートすることを心がけていました。皆が発言しやすい雰囲気を作ってアイディアを出し合えるようにしたり、ケガなどの体の不調でモチベーションが下がってしまわないように、フィジカルトレーナーさんの話を聞きながら漕手のコンディショニングに気を配ったりとかですね。コックスはレースの一番きついときに皆で息を合わせて勝負をかけるための声掛けをしなければなりませんが、そこで発することができる言葉はせいぜい二言三言なので、普段の練習やそれ以外のコミュニケーションでどれだけ意思の疎通がとれているか、信頼関係を築けているかが大切だと思うんです。だから、同じ艇に乗った仲間とはとても濃い時間を過ごせましたし、私にとって何にも代えがたい経験です。

そういった東大漕艇部でのご経験が、卒業後に活かされているなと感じることはありますか?

コックスは漕手とのコミュニケーションのなかで漕ぎ方についてのアドバイスをすることがあります。でも、漕いでいる本人と外から見ている私の間では認識が一致しないこともよくありますし、よかれと思って「もっとこうしてみたら」と言ったことが、思わぬ悪影響を及ぼしてしまうこともあります。相手の感覚や考え方、ときには悩みを理解し、イメージと言葉を共有したうえでの声掛けでないといけないんですね。そうやって試行錯誤するなかで、自分自身の思い込みや決めつけに気づくことも多かったし、まずは相手に耳を傾けることから自分が成長していけると学びました。
いま私が専門としている文化史というのは、過去の人々の言葉や行動について、善悪をジャッジするのではなく、それがその時代の人々にとってどのように生きられ、なぜ変化してきたのかを考える学問です。例えば17世紀末、ヴェルサイユ宮殿の王や貴族たちの多くはまだフォークを使わずに手づかみで肉を食べていました、ということがわかったときに、「なんて野蛮な。フランス貴族って汚かったんだね」と片付けるのではなく、「フォークはすでに存在していたのになぜ使わなかったのだろう」、「そもそも私たちが、手づかみが汚いと思うようになったのはいつからなんだろう」と問いを立てる学問なんです。…なんの話だよ、と思われるかもしれませんが(笑)、こう考えることは、自分自身の考え方や行動原理を相対化して見つめ直すことと表裏一体です。自分と違う他者がいることによって、自分を理解することができる。そうすることで、自分がどうすればよいかが見えてくる。今はこうしたことを文献を通してやっていますが、私にとってはボート部でやっていたことと地続きになっています

最後に、新入生へのメッセージをお願いします。

入学おめでとうございます。喜びも後悔もすべて未来の自分をつくっていく糧になりますから、あまり心配せずにいろいろ楽しんでみてください!皆さんの大学生活が明るいものになりますように。そしてよければぜひ、一度ボートを漕ぎに行ってみてくださいね。